「先輩のやり方を見ていたら、自分もできるようになった」「周りの人が落ち着いて対応していると、自分まで冷静になれた」。そんな経験はありませんか?
私たちは、誰かから直接教わるだけでなく、人の行動を見たり、その結果を知ったりすることでも学びます。そして、学んだことを実行するかどうかは、自分の考えや周囲の状況によって変わります。
こうした人間の学習と行動を説明したのが、心理学者アルバート・バンデューラ(Albert Bandura)です。彼は1960年代の観察学習研究を経て、1977年に『Social Learning Theory(社会的学習理論)』を出版し、1986年には『Social Foundations of Thought and Action: A Social Cognitive Theory』で社会的認知理論を体系化しました。[1][2]
では、なぜ人は他人の行動から学べるのでしょうか。環境に流されるだけでなく、自分から行動を変えることもできるのでしょうか。代表的な実験と理論をもとに、日常での使い方まで見ていきましょう。
- バンデューラの理論とは? 人は「見て学び、考え、環境にも働きかける」
- バンデューラとはどんな心理学者? 理論が生まれた背景
- 社会的学習理論とは? 他人を見て学ぶ「観察学習」
- ボボ人形実験とは? 観察学習の有名なエビデンス
- 社会的認知理論とは? 個人・行動・環境が影響し合う
- 自己効力感はバンデューラの理論のどこに位置する?
- バンデューラの理論を活かす4つのメリット
- バンデューラの理論の3つの限界・注意点
- バンデューラの理論を日常で活かす7つの方法
- 具体例:新人が「電話を取れない」職場で何が変わった?
- 似ている理論との違い:行動主義・自己効力感・自己決定理論
- よくある質問
- まとめ:バンデューラの理論は「人・行動・環境」を一緒に考える
- 参考文献・出典
バンデューラの理論とは? 人は「見て学び、考え、環境にも働きかける」
「バンデューラの理論」は一つの実験や概念の名前ではありません。学習、行動の変化、人が自分の行動を調整する仕組みなどを説明する、関連した研究と理論のまとまりです。
中心になるのは次の考え方です。
- 観察学習:自分で試行錯誤しなくても、他人の行動やその結果を見て学べる。
- 自己効力感:ある行動を自分が実行できると思うかどうかが、挑戦や努力に関わる。
- 相互決定論:個人の考えや感情、行動、周囲の環境は一方通行ではなく影響し合う。
- 自己調整と主体性:人は目標を立て、自分の行動を振り返り、状況に働きかけられる。
「周囲がこうだから仕方がない」でも、「気持ちさえ変えれば全部うまくいく」でもなく、人と環境が互いに影響し合うところに特徴があります。[2][3]
バンデューラとはどんな心理学者? 理論が生まれた背景
アルバート・バンデューラ(1925~2021年)は、スタンフォード大学で研究した心理学者です。特に、他人を観察することによる学習を実験的に調べたことで知られています。[4]
20世紀の心理学では、行動が報酬や罰によってどのように変わるかを重視する考え方が広く研究されていました。しかし、バンデューラは、本人が直接報酬や罰を受けなくても、他人の様子を観察して新しい行動を学べることに注目しました。
1977年の社会的学習理論は、模倣や代理的な経験、認知的な働きを重視します。その後の社会的認知理論では、行動を学ぶことに加え、個人の信念、環境との相互作用、自ら行動を調整する力へと説明の範囲が広がりました。[1][2][3]
社会的学習理論とは? 他人を見て学ぶ「観察学習」
たとえば、新しく入った職場で、先輩が電話に対応する様子を見る場面を想像してください。
先輩は相手の話を遮らずに聞き、用件を復唱し、最後に次の対応を伝えます。あなたは、その順番を見て「こうすると落ち着いて対応できそうだ」と理解します。
実際に電話を取る前でも、すでに対応の手順について学んでいるわけです。このように、他人の行動をモデルとして学ぶことを、観察学習(observational learning)と呼びます。
ここで大事なのは、学んだことと、実際にその場で行動に表すことは別という点です。手順を理解していても、緊張して実行できないことがあります。また、見た行動を必ず模倣するわけでもありません。[5]
観察学習を支える4つの過程
バンデューラの枠組みでは、観察学習に関わる過程を、次の4つで説明します。[5]
| 過程 | 何が起きる? | 電話対応の例 |
|---|---|---|
| 注意(attention) | モデルの行動に目を向ける | 先輩の話し方や順序に注目する |
| 保持(retention) | 観察した内容を覚える | 復唱や確認の手順を記憶する |
| 行動の再生(motor reproduction) | 覚えた手順を実際に行う | 自分でも相手の用件を復唱する |
| 動機づけ(motivation) | 実行する理由や見込みがある | その方法が役立つと分かり試してみる |
「見るだけ」で自動的に身につくわけではないことが分かりますね。注目する、覚える、試す、続ける理由を見つけるという過程を意識すると、教え方や学び方を工夫できます。
代理強化とは? 他人に起きた結果から学ぶ
誰かが丁寧に説明して感謝されている様子を見ると、「自分もそうしよう」と思うかもしれません。反対に、乱暴な対応でトラブルになる様子を見れば、その行動を避けようと考えることもあります。
このように、他人の行動の結果が、自分の行動の選び方に影響することを、代理強化や代理的な結果の学習という観点から説明できます。[1]
ただし、人が何を学び、どう行動するかは、観察した出来事の受け止め方や状況によって異なります。
ボボ人形実験とは? 観察学習の有名なエビデンス
バンデューラの研究で特に知られるのが、1961年に発表されたボボ人形実験です。バンデューラ、ドロシア・ロス、シーラ・ロスが、幼児の模倣行動を調べました。[4]
研究に参加したのは、3~5歳頃の子ども72人です。子どもたちは、風船のような大きな人形に大人が攻撃的に振る舞う場面、穏やかに遊ぶ場面、または大人のモデルを見ない条件に分けられました。
その後、別の部屋で子どもたちの遊び方を観察したところ、攻撃的な大人を見た子どもたちは、その大人に似た攻撃的行動を多く示したのです。言葉や動作の具体的な模倣も確認されました。[4]
この結果は、本人が直接その行動で報酬を得なくても、他人を観察することが行動の学習につながるという考え方を支えるものでした。
ただし、実験で調べたのは、特定の条件で幼児が人形に対して示した比較的短時間の行動です。この結果だけで、日常生活における長期的な攻撃性や、映像作品の影響すべてを説明できるわけではありません。
社会的認知理論とは? 個人・行動・環境が影響し合う
では、人は周囲を見て学ぶだけの存在なのでしょうか?
バンデューラが発展させた社会的認知理論(social cognitive theory)は、それより広い視点を持っています。[2][3]
中心的な考え方が、三項相互決定論(triadic reciprocal causation)です。
| 要素 | 内容 | 具体例 |
|---|---|---|
| 個人的要因 | 考え、期待、感情、自己効力感、能力など | 「練習すればできそうだ」と考える |
| 行動 | 実際に取る行為 | 会議で一度発言してみる |
| 環境 | 他人の反応、職場の雰囲気、利用できる資源など | 上司が発言を最後まで聞いてくれる |
この3つは一方通行ではありません。たとえば、安心できる職場環境が発言を促し、発言した経験が自信につながり、積極的なやり取りが職場の雰囲気を変えていくこともあります。
もちろん、3つがいつも同じ強さで影響するわけではありません。組織の制度や時間的制約など、本人だけでは変えにくい環境もあります。相互決定論は、そうした条件を含めて行動を理解するための枠組みです。[2][3]
自己効力感はバンデューラの理論のどこに位置する?
前述の個人的要因の一つが、自己効力感(self-efficacy)です。
自己効力感とは、ある課題について「必要な行動を自分が実行できる」という見込みのことです。バンデューラは1977年の論文で、この見込みが行動を始めるかどうか、努力の強さや粘り強さに関わると論じました。[6]
たとえば、「準備をすれば1分間の説明ができそう」と考えられれば、練習に取り組みやすくなるかもしれません。
一方で、「うまく説明できれば評価されるはずだ」という結果への期待と、「自分は説明できる」という実行能力への見込みは異なります。よい結果が得られると理解していても、自分にはできないと思っている場合があるからです。[6]
自己効力感を形づくる4つの情報源(遂行達成・代理経験・言語的説得・生理的/情動的状態)と高め方については、別記事「自己効力感」で詳しく解説しています。本記事では、社会的認知理論全体の中での位置づけに絞ります。
バンデューラの理論を活かす4つのメリット
理論の考え方を、教育や仕事、日常の学びに取り入れると、どのような利点が考えられるのでしょうか。
1. 「説明するだけ」から「実演して見せる」へ変えられる
言葉で手順を伝えるだけでなく、実際の行動を示すことで、学ぶ人が具体的な動きを捉えやすくなります。接客、プレゼンテーション、手作業の指導などに応用できます。
2. 学びを妨げている条件を見つけやすくなる
「やる気がない」と判断する前に、モデルがいないのか、練習の機会がないのか、周囲が質問しづらい雰囲気なのか、といった条件を考えられます。
3. 行動の結果を振り返り、次の行動を調整できる
目標を決め、試し、反応を確かめる流れは、自己調整の実践につながります。大きな目標だけでなく、小さな行動単位でも考えられます。
4. 個人だけでなく、環境を変える発想が持てる
本人の努力を求めるだけでなく、相談先を用意する、よい見本を共有する、安心して練習できる機会を増やすといった工夫を考えられます。
これらは理論に基づく活用上の利点です。特定の方法を実施すれば必ず成果が上がると、研究が一律に保証しているわけではありません。
バンデューラの理論の3つの限界・注意点
1. 観察すれば必ず同じ行動を取るわけではない
行動を見て覚えていても、技能が不足していたり、実行する理由がなかったりすれば行動として現れないことがあります。「見せたから教えた」と考えないことが大切です。
2. 個人・行動・環境の影響を切り分けるのは簡単ではない
相互決定論は、複数の要因を考える枠組みとして役立ちます。一方、ある出来事でどの要因が何割の原因になったかを、理論だけから数値で決められるわけではありません。
3. 自己効力感と実際の能力は同じではない
「できると思う」ことと「実際にできる」ことは区別が必要です。必要な知識・技能・安全な環境が欠けている場合は、練習や支援も必要になります。
バンデューラの理論を日常で活かす7つの方法
ここからは、観察学習と相互決定論の考え方から導ける実践方法を紹介します。以下は理論の応用例であり、7項目をまとめて検証した介入研究の結果ではありません。
1. 学びたい行動を一つに絞る
「仕事ができる人になる」よりも、「電話の冒頭で名乗り、相手の用件を復唱する」のように、観察できる行動を選びましょう。何を見るべきかが明確になります。
2. 身近なモデルの行動を観察する
成果だけでなく、途中の判断、失敗したときの修正、相手への声のかけ方も見てみてください。自分の状況に近い人が、工夫して取り組む様子は具体的な参考になります。
3. 手順を自分の言葉で説明する
観察した内容を「最初に何をして、次に何をするか」とまとめてみましょう。記憶に残したい行動を整理することは、観察学習の保持過程に対応します。
4. 小さく再現してみる
いきなり本番で試す必要はありません。友人との練習、短いロールプレイ、試作品の作成など、失敗から学べる条件を整えましょう。
5. 結果だけでなく行動にフィードバックする
「成功した」「失敗した」だけでなく、「相手の話を最後まで聞けた」「確認の質問が一つ足りなかった」など、次に改善できる行動を確認します。
6. 行動しやすい環境をつくる
必要な道具を手の届く場所に置く、分からないときの相談先を決める、練習の時間を確保するなど、環境側も調整してみましょう。
7. 自分が周囲のモデルになっていることを意識する
教える立場なら、正しい方法を説明するだけでなく、困ったときに助けを求める姿勢や、間違いを修正する過程も見せられます。周囲は結果だけでなく、普段の行動も観察しているからです。
具体例:新人が「電話を取れない」職場で何が変わった?
ここで、架空の職場を例に考えてみましょう。
入社したばかりの美咲さんは、電話が鳴るたびに身構えていました。先輩から「慣れれば大丈夫」と言われても、相手の話を聞き取れなかったらどうしようと不安だったのです。
ある日、先輩が「私の対応を一回見ていて」と声をかけました。先輩は名前を名乗り、相手の用件をメモし、最後に要点を復唱しました。
美咲さんはその流れを紙に書き、先輩と練習してみました。最初は言葉に詰まりましたが、先輩は「復唱はできていたよ。次は担当者につなぐ一言を練習しよう」と具体的に伝えました。
翌日、美咲さんは短い電話に対応できました。「全部うまくやれた」とは思いませんでしたが、少なくとも最初の手順はできると感じました。
その後、職場では新人用の手順表が作られ、別の先輩も練習に付き合うようになりました。
この場面を理論に照らすと、先輩の対応を見たことは観察学習、短い対応を実行できた経験は自己効力感の判断材料、手順表や練習機会が増えたことは環境の変化に当たります。
つまり、本人の学び方と行動、職場の環境が互いに影響し合っているのです。
※美咲さんは説明のために設定した架空の人物です。実際の研究参加者ではありません。
似ている理論との違い:行動主義・自己効力感・自己決定理論
| 概念 | 主に注目すること | バンデューラの理論との関係 |
|---|---|---|
| 行動主義的な学習理論 | 刺激・反応・強化など、行動が変わる条件 | バンデューラは観察や認知の役割も重視した |
| 観察学習 | 他人の行動から学ぶ仕組み | 社会的学習理論の重要な要素 |
| 自己効力感 | 自分が特定の行動を実行できるという見込み | 社会的認知理論の中で重要な個人的要因 |
| 自己決定理論 | 自律性・有能感・関係性など、動機づけの条件 | 別の理論体系だが、学習や行動変容を考える場面で比較される |
バンデューラの考え方を知るうえでは、個々の用語を暗記するよりも、「観察」「自分の考え」「実際の行動」「環境」のつながりを理解すると整理しやすくなります。
よくある質問
社会的学習理論と社会的認知理論は同じですか?
完全に同じ呼び方ではありません。社会的学習理論は他者の観察や学習を理解するうえで重要な出発点です。社会的認知理論では、個人・行動・環境の相互作用や、自ら考えて行動を調整する働きを、より広く体系化しています。[1][2]
ボボ人形実験で、人は必ず攻撃的な行動を真似すると証明されたのですか?
いいえ。実験では、攻撃的な大人を見た子どもたちが、それに似た行動を多く示しました。しかし、あらゆる場面・あらゆる人に同じ結果が生じると示したわけではありません。[4]
モデリングは、子どもの教育以外にも使えますか?
観察学習の考え方は、職場の新人研修、スポーツの技術指導、日常の新しい技能の習得などを考える際にも参考になります。ただし、実践の成果は、見本の質や練習機会などに左右されます。
まとめ:バンデューラの理論は「人・行動・環境」を一緒に考える
バンデューラの理論は、人間の学習や行動を、直接の報酬と罰だけではなく、他者の観察、自分の信念、行動の経験、周囲の環境の相互作用から説明します。
特に覚えておきたいのは、次の3つです。
- 観察学習では、他人の行動を見て学べる。ただし、学ぶことと実行することは別。
- 自己効力感は、特定の行動を実行できるという見込みであり、挑戦や努力に関わる。
- 三項相互決定論では、個人・行動・環境は互いに影響し合う。
何かがうまくいかないときは、「本人の気持ち」だけを見るのではなく、どんな見本があり、どんな練習ができて、どんな環境で行動しているのかも考えてみてください。そこに、次の行動を変える手がかりが見つかるかもしれません。
参考文献・出典
- Bandura, A. (1977). Social Learning Theory. Prentice Hall. 米国国立医学図書館(NLM)書誌
- Bandura, A. (1986). Social Foundations of Thought and Action: A Social Cognitive Theory. Prentice Hall. Google Books書誌
- Bandura, A. (2001). Social Cognitive Theory: An Agentic Perspective. Annual Review of Psychology, 52, 1–26. https://doi.org/10.1146/annurev.psych.52.1.1
- Bandura, A., Ross, D., & Ross, S. A. (1961). Transmission of Aggression Through Imitation of Aggressive Models. Journal of Abnormal and Social Psychology, 63, 575–582. https://doi.org/10.1037/h0045925 (原文全文)
- Fryling, M. J., Johnston, C., & Hayes, L. J. (2011). Understanding Observational Learning: An Interbehavioral Approach. The Analysis of Verbal Behavior, 27, 191–203. https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3139552/ (観察学習の4過程に関するBandura & Jeffery, 1973の説明を含む)
- Bandura, A. (1977). Self-efficacy: Toward a Unifying Theory of Behavioral Change. Psychological Review, 84(2), 191–215. https://doi.org/10.1037/0033-295X.84.2.191

