「周囲の期待に合わせているうちに、自分が何を望んでいるのか分からなくなった」。そんな経験はありませんか?
仕事で本当の考えを伝えにくかったり、友人の前で無理に合わせているように感じたりすることがあります。一方、自分が大切にしている考え方に沿って行動できた日は、納得感を覚えることもあるでしょう。
自分らしくいられる感覚と、幸福感や仕事への熱意はどれほど関係しているのでしょうか。
この問いを調べたのが、ニュージーランドのワイカト大学の心理学者Anna Suttonによるメタ分析です。研究は2019年10月にオンライン公開され、2020年の学術誌『Personality and Individual Differences』第153巻に掲載されました。
研究者は、1997〜2017年に行われた研究から、51文献・75の独立したサンプル、計36,533人のデータをまとめ、オーセンティシティ(authenticity)とウェルビーイング、仕事へのエンゲージメントとの関連を分析しました。
その結果、自分らしさとウェルビーイングにはr=0.40、自分らしさと仕事へのエンゲージメントにはr=0.37の正の相関が確認されました。一方、文化や質問紙によって関連の強さに違いもありました。
今回は、論文の研究方法と結果を中心に、その意味を順番に見ていきましょう。
- オーセンティシティとは?心理学でいう「自分らしさ」
- ウェルビーイングとエンゲージメントはどう違う?
- 研究方法:75サンプル・36,533人のデータをどう集めた?
- 研究結果①:自分らしさと幸福感には中程度の正の相関
- 研究結果②:仕事へのエンゲージメントとも正の相関
- 研究結果③:年齢や性別では、関連の明確な違いは確認されなかった
- 研究結果④:文化的背景と尺度の違いが影響していた
- この研究から考えられる3つのメリット
- 自分らしく生きることのデメリットや注意点
- 自分らしさを考えるための具体的な3つの方法
- 具体例:同じ職場で働く2人が感じた「自分らしさ」
- この研究の注意点と限界
- まとめ:自分らしさは幸福感と仕事への熱意の両方に関係していた
- 参考論文
オーセンティシティとは?心理学でいう「自分らしさ」
オーセンティシティ(authenticity)は「真正性」「本来の自分らしさ」などと訳されます。この論文では、自分に対して誠実であり、価値観や感情と日々の行動が一致していると本人が感じられることが中心に置かれています。
たとえば「人を助けることが大切だ」と考えている人が、その価値観に沿う働き方を選び、納得して行動できているなら、自分らしさを感じるかもしれません。
ここで大切なのは、どんな場面でも同じ振る舞いをする必要はないという点です。職場と家族の前では話し方が違っても自然ですよね。論文は、役割によって態度が変わることより、本人がその行動に納得できているかに注目します。
「一貫した性格」と「内面への納得感」の違い
論文では、自分らしさを測定する考え方として、大きく2つの立場を紹介しています。
- 一貫性を重視する考え方:異なる役割や場面でも、性格や振る舞いがどれほど同じかを見る。
- 内面的な一致を重視する考え方:価値観、感情、選択した行動が、その人にとって自分らしいと感じられるかを見る。
Suttonは主に後者の考え方を採用しています。自分らしさは、変わらない性格を守り続けることではなく、自分で選んだ行動に納得できる感覚として捉えられています。
ウェルビーイングとエンゲージメントはどう違う?
今回、自分らしさとの関連を調べた指標は2つあります。
ウェルビーイング(well-being)は、幸福感、人生への満足、心理的な充実などを含む概念です。「今の生活に満足している」「自分の人生を充実していると感じる」など、生活全体への主観的な評価を扱います。研究によって、生活満足度だけを尋ねる尺度と、人生の意味や心理的な充実まで含む尺度が使われていました。
エンゲージメント(engagement)は、今回の研究では主に仕事への前向きな関与や熱意を指します。仕事の中で活力を感じ、意味を見いだし、積極的に関わるという側面です。分析に含まれる研究の多くは、ユトレヒト・ワーク・エンゲージメント尺度(UWES)を使用していました。
| 概念 | 主に見ていること | 考え方の例 |
|---|---|---|
| オーセンティシティ | 自分の価値観に沿って生きている感覚 | 「この選択には納得できる」 |
| ウェルビーイング | 生活や人生への満足と充実 | 「今の生活をよいものと感じる」 |
| エンゲージメント | 仕事に活力や熱意を持って関わること | 「この仕事には前向きに取り組める」 |
※表の言葉は説明用の例で、実際の質問紙の文面ではありません。
研究方法:75サンプル・36,533人のデータをどう集めた?
研究者はPsycInfo、Web of Scienceなどのデータベースを検索し、2017年12月までの研究を調べました。学術論文に加え、学位論文や未公表研究も探し、自分らしさとウェルビーイング、またはエンゲージメントの相関が確認できる研究を集めています。
最終的な対象は51文献から抽出された75の独立サンプルです。1本の文献に複数の調査が含まれる場合があるため、文献数とサンプル数は一致しません。
| 分析した関連 | 独立サンプル数 | 元データの参加者数 |
|---|---|---|
| 自分らしさとウェルビーイング | 65 | 18,637人 |
| 自分らしさとエンゲージメント | 10 | 17,896人 |
| 合計 | 75 | 36,533人 |
参加者は米国、英国、カナダ、中国、オランダなどから集められました。サンプルの約51%が大学生、約24%が就業者で、一般成人や思春期の人も含まれていました。回答者全体の約75%は女性でした。
研究者は各研究の相関係数(r)を統合し、年齢、性別、サンプルの種類、測定尺度、個人主義・集団主義の文化差が結果に関係するかも調べました。
研究結果①:自分らしさと幸福感には中程度の正の相関
まず、自分らしさとウェルビーイングの関連です。
統合された結果は、r=0.40(95%信頼区間:0.35〜0.45)でした。これは中程度の正の相関です。
つまり、自分らしく生きていると感じる人ほど、幸福感や生活への満足、心理的な充実を高く評価する傾向があったということです。
ただし、r=0.40は「幸福度が40%上がる」という意味ではありません。相関係数は、2つの特徴がどの程度一緒に変化しているかを表します。
「自分らしさが幸福感を高めた」のか、「幸福感が高い人ほど自分らしく振る舞いやすかった」のか、それとも別の要因が両方に関係しているのかは、この分析だけでは分かりません。
研究結果②:仕事へのエンゲージメントとも正の相関
次に、仕事へのエンゲージメントとの関連です。
外れ値の1サンプルを除いた9サンプルの統合結果はr=0.37(95%信頼区間:0.30〜0.43)でした。こちらも中程度の正の相関です。
10サンプルすべてを含む分析では、r=0.42でした。なぜ1サンプルを主な解釈から除いたのでしょうか。
その研究では、他の研究と異なるエンゲージメント尺度が使われ、相関がr=0.74と際立って大きかったためです。著者はその影響を確認し、外れ値を除いたr=0.37を主な結論として扱っています。
研究結果からは、自分らしく働けている感覚が強い人ほど、仕事への熱意や前向きな関与も強い傾向が読み取れます。一方、この結果だけで、生産性が必ず向上したり離職が減ったりすると結論づけることはできません。
研究結果③:年齢や性別では、関連の明確な違いは確認されなかった
「自分らしさを大事にするのは、若い世代だけでは?」と感じるかもしれません。
今回の分析では、年齢、女性の割合、大学生か就業者かといったサンプルの種類は、自分らしさとウェルビーイングの関連の強さを統計的に有意には変えませんでした。
少なくとも今回まとめられた研究からは、この関連を特定の年代や性別だけのものと考える根拠は見つかりませんでした。
ただし、有意な差が見つからなかったことは、あらゆる年齢や集団で関連の強さが完全に同じだと証明したことではありません。元の研究で調べられた人々の分布にも左右されます。
研究結果④:文化的背景と尺度の違いが影響していた
この研究で特徴的なのは、文化と測定方法の違いにも注目したことです。
個人主義が強い文化ほど関連が強い傾向
著者は、国別の個人主義・集団主義の指標を用いて、文化的背景との関係を調べました。
その結果、個人主義の傾向が強い文化ほど、自分らしさとウェルビーイングの正の関連が強い傾向が確認されました。集団主義の傾向が強い文化では、関連が比較的弱い傾向が見られました。
ただし、この分析に使われた個人主義・集団主義の値は、参加者一人ひとりに尋ねたものではなく、国を単位とする代替指標です。
そのため、「集団主義の文化では自分らしさが大切ではない」とは結論づけられません。著者はむしろ、周囲との調和や人間関係を大切にする文化では、自分らしさの表現方法や測定方法が異なる可能性を指摘しています。
質問紙が測る「自分らしさ」の違いも影響
自分らしさを「役割を変えても一貫した性格でいること」と考えるか、「価値観に沿って納得して行動すること」と考えるかによって、ウェルビーイングとの関連の強さが変わりました。
また、ウェルビーイングを生活満足度などの狭い指標で測る場合よりも、人生の意味や心理的な充実などを含む幅広い指標で測る場合のほうが、自分らしさとの関連が強くなる傾向でした。
この結果は、「自分らしさ」も「幸福」も、質問紙のどこに注目するかによって見え方が変わることを示しています。
この研究から考えられる3つのメリット
ここでいうメリットは、論文の関連を日常生活で理解するときの手がかりです。行動を変えたときの効果が、このメタ分析によって実験的に確かめられたわけではありません。
1. 自分の価値観に沿った選択を見直す視点が得られる
自分らしさとウェルビーイングの正の関連は、周囲からの評価だけでなく、「自分にとって納得できる選択だったか」を考える意味を示唆しています。
2. 仕事への熱意を考える材料になる
自分らしさは仕事へのエンゲージメントとも関連しました。自分の強みを生かせるか、意見を伝える機会があるか、仕事内容に意味を感じるかなど、仕事への関わり方を振り返るきっかけになります。
3. 「自分らしさ」は人によって異なると理解できる
研究で文化差が見られたことは、自分らしい行動を一つの型に限定しない視点につながります。率直に意見を言うことに納得感を覚える人もいれば、周囲と協力する選択に自分らしさを感じる人もいるでしょう。
自分らしく生きることのデメリットや注意点
自分らしさが幸福感と関連するからといって、どんな自己表現でも、どのような場面でもよい結果になるわけではありません。
1. 自分の価値観と周囲の期待がぶつかる場合がある
論文では、自分に忠実であろうとすることが、他者との衝突につながる場合も考察されています。自分の考えを大切にすることと、周囲の人の考えを無視することは別の問題です。
2. 「いつも同じ自分でいなければ」と考えると窮屈になる
職場と家庭で話し方が違っても、本人が納得して選んだ振る舞いなら、自分らしさを失ったとは限りません。著者は、状況による変化を許さない硬直した一貫性の捉え方に注意を向けています。
3. 自分らしさを高めれば必ず幸福になるとは言えない
今回の結果は、統計的な関連をまとめたものです。自分らしい行動を増やす介入を行って、その後の幸福感が改善するかを直接検証したものではありません。
自分らしさを考えるための具体的な3つの方法
研究結果を日常生活に引き寄せるなら、次の問いが手がかりになります。これらは論文をもとにした自己理解のための工夫であり、今回のメタ分析で改善効果が検証された方法ではありません。
方法1:自分が大切にしている価値観を言葉にする
今の生活で大切にしたいことを3つほど挙げてみましょう。たとえば、学ぶこと、家族との時間、仕事の質、周囲との協力などです。
そして、「最近の行動の中に、それらとつながっているものがあるか」と考えてみます。大切なのは正しい答えを探すことではなく、自分にとって納得できる選択を把握することです。
方法2:状況によって態度が変わる理由を見直す
相手によって話し方や行動が変わるのは自然なことです。「自分らしくなかった」と感じる場面があれば、何が嫌だったのかを具体的に考えてみましょう。
自分の意思に反して我慢していたのか、それとも相手への配慮を自分で選んだのか。同じような行動でも、本人の納得感は異なるかもしれません。
方法3:仕事で「自分の強みを生かせた」と感じた場面を探す
仕事をしていて「意味を感じた」「自分の得意なところを生かせた」という出来事を書き留めてみましょう。
自分が価値を感じる仕事と、職場で求められる役割がどこで重なっているのかを考えることは、オーセンティシティとエンゲージメントの関係を理解する助けになります。
具体例:同じ職場で働く2人が感じた「自分らしさ」
ここでは、研究の考え方を説明するために、架空の2人の会社員を紹介します。
Aさんは、会議で思いついた意見をできるだけ率直に伝える人です。上司と考えが違うときも、理由を整理して提案します。「自分が大切にしていることを、きちんと話せた」と感じられると、その日の仕事に納得できます。
一方、Bさんは、チーム全体の意見をよく聞いてから話す人です。自分の考えをすぐに主張するよりも、ほかの人の案と組み合わせてよい方法を見つけたいと思っています。会議が終わり、みんなが納得できる方向に進むと、「自分の大切にしたい働き方ができた」と感じます。
Aさんは率直な自己表現に、Bさんは周囲との協力に、自分らしさを感じています。
行動は異なりますが、どちらにも自分の価値観に沿って行動できているという納得感があります。
今回の論文が考えさせるのは、自分らしさを一つの行動パターンに固定しないことです。文化によって関連の強さが違ったという結果も、自分らしさの表現や測定を慎重に考える必要性につながっています。
※2人は説明のための架空の人物です。論文で観察された参加者や事例ではありません。
この研究の注意点と限界
1. 相関があることと、原因であることは違う
自分らしさと幸福感の間に関連があっても、どちらが原因でどちらが結果かは、このメタ分析では確定できません。自分らしさを高める支援が幸福感を改善するかは、別の介入研究で確かめる必要があります。
2. 研究間のばらつきが大きい
研究間の異質性を示すI²は、ウェルビーイングとの関連で92%、エンゲージメントとの関連で97%でした。平均的な正の相関が得られても、研究によって関連の強さに大きな違いがあったということです。
3. 文化的な違いは国単位の指標から推定した
個人主義・集団主義の分析には、参加者本人から得た文化的価値観の得点ではなく、国に関する代替指標が使われました。文化の影響がどのように生まれるのかは、今後の研究課題です。
4. エンゲージメントの研究は10サンプルと比較的少ない
ウェルビーイングの65サンプルに比べて、エンゲージメントは10サンプルでした。そのうち1つが外れ値として主な分析から除かれています。仕事内容や職場の種類による違いまでは、十分に検討できたとは限りません。
5. 集めた研究は2017年までのもの
今回まとめられたのは、2017年12月までの文献です。近年の新しい研究結果が自動的に含まれるわけではありません。
6. 参加者数と統計上の調整後人数は異なる
36,533人は集められた元データの合計です。論文では、非常に大きな研究が全体の推定値を左右しすぎないよう、分析上の重みを調整しています。そのため、分析箇所に出てくる調整後の人数は元の合計と異なります。実際の参加者が大量に脱落したという意味ではありません。
まとめ:自分らしさは幸福感と仕事への熱意の両方に関係していた
Suttonの2020年のメタ分析では、51文献から得られた75の独立サンプル、計36,533人をまとめ、自分らしさと幸福感、仕事へのエンゲージメントとの関係を検討しました。
結果は、自分らしさとウェルビーイングがr=0.40、自分らしさとエンゲージメントがr=0.37という中程度の正の相関でした。また、関連の強さは文化的背景や測定方法によって異なりました。
この論文が示しているのは、自分らしさを「どんな場面でも同じ性格でいること」だけに限定せず、自分の価値観に沿って納得して行動できている感覚として考える重要性です。
日常の選択を振り返るとき、「周囲からどう見られるか」だけでなく、「この選択は自分が大切にしていることと合っているか」と問いかけてみる。それが、この論文を日常生活に引き寄せる一つの方法です。
参考論文
Sutton, A. (2020). Living the good life: A meta-analysis of authenticity, well-being and engagement. Personality and Individual Differences, 153, 109645. https://doi.org/10.1016/j.paid.2019.109645
- 出版社掲載ページ:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S019188691930577X
- 論文全文(ワイカト大学研究リポジトリ):https://researchcommons.waikato.ac.nz/bitstreams/10507f85-786b-49f4-af18-9db009dc17c6/download
- 大学リポジトリの書誌情報:https://researchcommons.waikato.ac.nz/entities/publication/bafa6bd6-2e91-4e9a-9fb6-6d657d3faa7a
※数値と研究内容は大学リポジトリで公開されている原論文に基づいています。日常の具体例と振り返りの方法は説明用であり、今回のメタ分析で効果を検証したものではありません。

