キサー・ゴータミーは、幼い子どもを亡くした母でした。
深い悲しみのあまり、彼女は子どもの死を受け入れることができず、「この子を生き返らせてほしい」と人々に助けを求めて歩きます。
やがて彼女は、ブッダのもとを訪れます。
ブッダは彼女に、「芥子(からし)の種を持ってきなさい。ただし、それは一度も死者を出したことのない家からもらってきなさい」と告げます。
キサー・ゴータミーは家々を訪ねました。
からしの種を持っている家はたくさんありました。
しかし、「この家では誰も亡くなったことがありませんか」と尋ねると、どの家にも、父や母、夫、妻、子ども、祖父母など、亡くした人がいました。
何軒訪ねても、死を経験していない家は一つもありませんでした。
家々を歩くうちに、キサー・ゴータミーは少しずつ気づいていきます。
自分だけが大切な人を失ったのではない。
人は誰も、愛する者との別れや死から逃れることはできない。
彼女はやがて子どもの死を受け入れ、ブッダのもとへ戻ります。
そして、死と喪失がすべての人に訪れるものであることを理解し、ブッダの教えを学ぶようになったと伝えられています。
この物語で印象的なのは、ブッダが彼女に単に「死を受け入れなさい」と言わなかったことです。
人々の家を一軒一軒訪ねるという経験を通して、彼女自身が「誰もが喪失を抱えて生きている」と気づくよう導いたところに、この逸話の意味があります。
なお、ここでいう「芥子」は、けし(ポピー)ではなく、からしの種=マスタードシードです。

