「寝ても疲れが取れない」
「気持ちは元気なのに、体が重い」
「ストレスを感じるとすぐに体調を崩す」
こんな経験はありませんか?
それはもしかすると、“疲労”の全体像を正しく理解していないからかもしれません。
近年、疲労研究の第一人者である渡辺恭良教授(理化学研究所・大阪市立大学名誉教授)らの研究により、疲れには「3つの要素」が関わっていることが明らかになってきました。
今回は、現代人必見の科学的フレームワーク「三因子モデル」をもとに、疲労の正体とその対処法をやさしく解説していきます。
疲労の三因子モデルとは?〜疲労の正体を“見える化”する科学モデル〜
三因子モデルとは、疲労を以下の3つの要因から総合的にとらえるモデルです。
1. 生理的因子(身体的疲労)
身体的疲労とは、主に筋肉や内臓、骨格といった身体の各部分を過度に使い過ぎることで起こる疲れのことです。
「だるい」「体が重い」「立ち上がるのも億劫」など、動作そのものが辛く感じられるような身体的な感覚が中心です。
以下のような状況で発生します。
- 筋肉の酷使
運動や長時間の立ち仕事・肉体労働などで、筋肉が繰り返し使い、乳酸などの疲労物質が蓄積し、体が重く感じる。 - 睡眠不足
睡眠は心身の修復に欠かせません。不足することで、脳や身体のリカバリーが不十分となり、慢性的な疲れが残ります。 - 酸化ストレス
体内の活性酸素が増えると、細胞にダメージを与え、老化や疲労を引き起こす原因になります。 - 免疫力の低下
風邪をひきやすくなったり、回復に時間がかかるようになるなど、体力そのものが落ちているサインです。
2. 心理的因子(精神的疲労)
精神的なプレッシャーやストレスによって心のエネルギーが消耗していくタイプの疲れです。
「やる気が出ない」「集中できない」「感情のコントロールが難しい」など、心のエネルギーが尽きているような感覚が特徴です。
以下のような要因が関わります
- ストレス
仕事や家庭、人間関係などでの精神的プレッシャーが積み重なることで、心がすり減っていきます。 - 不安・抑うつ傾向
先行きへの不安や自己肯定感の低下が続くと、気分が落ち込み、やる気や楽しさを感じにくくなります。 - 過剰な責任感
真面目で完璧主義な人ほど、無理をしがちで、気づかぬうちに心が疲弊します。 - 緊張の継続
常に気を張っていたり、人の目を気にする状態が続くことで、心が休まらず、回復が追いつきません。
3. 社会的因子(環境的疲労)
周囲の環境や人間関係など、外的な要因によって生じる間接的な疲れです。
「理由はないけど疲れている」「どこにいても落ち着かない」「何かしらストレスを感じる」など、環境が引き起こすモヤモヤした疲労感が中心です。自分の力ではコントロールしづらい点も特徴です。
- 人間関係の摩擦
職場や家庭、学校などでのトラブルや気を遣う関係が続くと、精神的に消耗します。 - 職場や家庭の雰囲気
ピリピリした空気、安心できない環境に長時間いることで、じわじわと疲れがたまっていきます。 - 情報過多
SNSやニュースなどから大量の情報が流れ込む現代では、脳が処理しきれずに疲れを感じやすくなります。
それぞれの疲れには異なる原因と対処法があり、自分の疲れのタイプを知ることが、回復の第一歩になります。
これら3つは相互に影響し合うため、たとえば…
職場の人間関係(社会的因子)
→ 心の疲れ(心理的因子)
→ 睡眠不足・体調不良(生理的因子)へ
…と、ドミノ倒しのように悪化することがあります。
なぜ三因子モデルが重要なのか?
多くの人は「疲れ=体の問題」と思いがちですが、実際は心や環境の問題が起点となることも多いのです。
例:仕事帰りのあなたの場合
- 肉体労働で疲れている(生理的)
- 上司に叱られて落ち込んでいる(心理的)
- 職場の雰囲気がピリピリして気が抜けない(社会的)
→ どれか1つだけ解消しても、疲れが取れない理由は「他の因子が放置されている」からなのです。
疲労回復のための3ステップ:三因子モデル活用法
ステップ①:肉体的疲労を癒す
まず「体」の疲れを回復することが基本です。
睡眠の質を高める
- スマホ断ち
就寝前のブルーライトは脳を覚醒させるため、寝る30分〜1時間前からスマホやPCは控えましょう。 - 湯船に浸かる
テキサス大学の2019年の研究(メタ分析)では、お風呂の温度と時間は40~42.5°C、就寝の 1~2時間前 に 10分間で、入眠時間(SOL)が短縮 され、睡眠の質(主観評価)や睡眠効率(SE)が向上と伝えています。 - 睡眠ルーチンの確立
毎晩同じ時間に寝る・起きる、就寝前にストレッチや読書を取り入れるなど、リズムを整えると、自然と眠りが深くなります。
栄養を整える
疲れやすさを防ぐには、栄養バランスも大切です。
- タンパク質
肉・魚・卵・豆類。筋肉や免疫の回復を助けます。
1日に体重1キロあたり、タンパク質を1.2gほどはとりましょう。 - ビタミンB群
豚肉・レバー・納豆など。エネルギー代謝を支える栄養素。 - 鉄分
ほうれん草・赤身の肉など。酸素の運搬を助け、慢性疲労を防ぎます。
軽い運動(アクティブレスト)
疲れているときこそ、軽いウォーキングやストレッチなどで体を「適度に」動かすことで、血流を促進し、回復が早まります。運動は心のリフレッシュにもつながります。
ステップ②:精神的疲労に向き合う
「心の疲れ」を放置せず、ケアすることが大切。
マインドフルネス瞑想
1日たった5分でも「今、この瞬間」に意識を向ける時間を持つだけで、思考の整理や不安の軽減に効果があります。呼吸に意識を向ける簡単な瞑想から始めるのがおすすめです。
ジャーナリング(感情の書き出し)
紙にその日の気持ちを書き出すことで、ストレスを「言語化」でき、感情が整理されてスッキリします。書き方に正解はなく、「今日はイライラした」「こう感じた」で十分です。
▶エクスプレッシブライティングとは?悩みやストレスを解放する「書く瞑想」
自分に優しい言葉をかける
自分に対して「よくがんばってるね」「大丈夫だよ」と声をかけることで、自己肯定感が育ち、ストレスへの耐性が高まります。日々の小さな成功や努力にも目を向けることが大切です。
▶自分を責めない練習。あなたはそれでいい|ゼロ式セルコンパッション
ステップ③:環境的疲労を減らす
「外部環境」のストレスを意識的に減らす。
人間関係の見直し
会うと疲れる人、無理して付き合っている相手とは、少し距離を取ることも自分を守るために必要です。「嫌われないために」ではなく、「自分を大切にするために」距離感を調整しましょう。
普段から、素直な思考や感情を表現し、それを受け容れてくれる人を大切にしましょう。
SNSの断捨離
情報の流れに飲み込まれてしまうと、知らぬ間にストレスがたまります。
フォローを整理したり、見ない時間帯を作ることで、心の余白を取り戻しましょう。
SNSが悪いのではなく、目的もなくSNSを使うことがマイナスです。
「NO」と言える勇気
無理な依頼やお願いに、無理して応えると心が疲弊します。
「今は難しいです」「今回は遠慮します」など、柔らかく断る練習をして、自己防衛力を高めましょう。
断ることは、「自分を守るため」だけではなく、「大切な人といる時間を守ること」にもつながります。
1日24時間の中で、誰と過ごすか?どんな行動をしたいか?など、優先順位をつけておきましょう。
体・心・環境の3つの視点からバランスよく疲労をケアすることが、健やかな毎日への第一歩です。
研究者の提案:脳疲労という視点も忘れずに
渡辺教授らの研究では、「疲労感の中心には脳の前頭葉の活動低下がある」とも報告しています。
脳が処理オーバーになると、体も心も誤作動を起こすのです。
脳を回復させるためには…
- 自然の中で過ごす(森林浴)
- 趣味に没頭する(フロー状態)
- 思考を止める時間(瞑想・音楽鑑賞)
意思決定疲労を対策することで脳疲労を防ぐ
意思決定疲労(Decision Fatigue)とは、何度も意思決定を行うことで脳が疲れ果て、意思決定の能力が低下する状態のことです。
たとえば、一日の終わりには集中力が落ち、些細な選択すら面倒に感じることがあるでしょう。これが意思決定疲労です。
意思決定を行うたびに、脳はエネルギーを消耗します。特に重要であったり、複雑な決断を下す場合は、より多くのエネルギーが使われます。
こうした状況が続くと、最終的には判断力が鈍り、疲労が蓄積してくるのです。その結果、次のようなことが起こります。
- 決断を先延ばしにする:意思決定が難しくなり、先延ばししがちになる。
- 感情的な判断をしやすくなる:冷静な判断が難しくなり、感情に基づいた誤った選択をする。
- 衝動的な選択をする:直感的な、またはすぐに満足感を得られるような決断をしてしまう。
これらの状況は、個人の日常生活や仕事に悪影響を与える可能性があります。
▶意思決定疲労とは?脳疲労を回復するための8つの方法。―1日の終わりには集中力が落ち、些細な選択すら面倒―
まとめ:疲れを「多面的に捉えること」が回復への鍵
三因子モデルは、現代人の複雑な疲労に対処するための羅針盤です。
身体・心・環境という3つの視点から自分の疲れを見つめ直すことで、「どこを整えればいいか」が見えてきます。
疲れたときこそ、自分の心と体に問いかけてみてください。
「何に一番、消耗してる?」
その答えが、回復の第一歩です。

