今回の論文は、「長時間起き続けていても、体内時計の働きによって、夕方から夜にかけて注意力が一時的に改善することがある」という現象を調べた研究です。
対象論文:
The impact of the wake maintenance zone on attentional capacity, physiological drowsiness, and subjective task demands during sleep deprivation
日本語訳:「睡眠不足時における覚醒維持時間帯が、注意能力、生理学的な眠気、主観的な課題負担に与える影響」
- 著者:William Ryan McMahon ほか
- 発表:2021年
- 掲載誌:Journal of Sleep Research
- 研究機関:オーストラリア・モナシュ大学など
以下では、論文の要旨で確認できる実験方法と結果を中心に、背景となる睡眠科学も説明します。
最初に結論
この研究で分かった重要なことは、次の3点です。
- 人間には、普段眠る時刻の少し前に、覚醒を維持しようとする体内時計の働きが強くなる時間帯がある。 これを「覚醒維持ゾーン(Wake Maintenance Zone:WMZ)」と呼びます。
- 約37時間起き続けた極端な睡眠不足の状態でも、WMZに入ると、直前の時間帯に比べて持続的注意力が改善した。 本人が感じる集中のしやすさや課題の難しさにも改善が見られました。
- ただし、睡眠不足による能力低下そのものが解消したわけではない。 同じWMZでも、約13時間起きていたときの方が、約37時間起きていたときより良い状態でした。
つまり、この論文の核心は、
「注意力は起きている時間の長さだけでは決まらず、体内時計が今どの段階にあるかによっても変化する」ということです。
「覚醒維持ゾーン(WMZ)」とは何か?
WMZは、簡単に言えば、身体が眠りに入りにくく、覚醒を維持しやすくなる時間帯です。
睡眠を調節する仕組みを理解すると、なぜこの現象が起こるのかが分かります。
人間の眠気を決める2つの仕組み
① 睡眠圧(Process S)
起きている時間が長くなるほど、眠ろうとする圧力が増えていく仕組みです。睡眠をとることで低下します。
② 概日リズム(Process C)
体内時計によって、約24時間周期で覚醒しやすさや眠りやすさが変化する仕組みです。起きていた時間だけでは決まりません。
この2つは、常に相互作用しています。
例えば、朝起きてから夜まで活動すると睡眠圧は高まります。
しかし、人間は夕方になると必ずしも眠くなり続けるわけではありません。
睡眠圧が高まっている一方で、体内時計からの覚醒を促す作用が強くなる時間帯があるからです。
この時間帯がWMZです。
WMZは具体的に何時ごろなのか?
この論文では、メラトニンの分泌が始まる時刻(DLMO)の直前3時間をWMZと定義しています。
DLMO(Dim Light Melatonin Onset)は、薄暗い環境でメラトニンの分泌が増え始める時刻です。
体内時計の位相を知る指標として利用されます。
重要なのは、WMZは「夕方18時から21時」と固定されているわけではなく、個人の体内時計の時刻によって決まるという点です。
3. どのような実験をしたのか?
この研究では、健康な若年成人23人に、約40時間連続して起きていてもらいました。
実験の概要
被験者数:23人。男性18人・女性5人
平均年齢:25.4歳
標準偏差:約5.7歳
連続覚醒時間:40時間
実験中は睡眠をとらない
恒常条件法
外部環境の影響を抑える
なぜ40時間も起きている必要があったのか?
研究者は、同じ人について次の2つの状態を調べたかったからです。
- 普通に起きていた日のWMZ(覚醒約13時間)
- 一晩眠らずに迎えた翌日のWMZ(覚醒約37時間)
こうすることで、体内時計のほぼ同じ段階でも、睡眠不足の程度が違えば能力がどう変化するのかを比較できます。
また、実験には Constant Routine(恒常条件法) と呼ばれる方法が使われました。
これは、照明や活動などの外部要因による変化をできる限り抑えて、生物学的なリズムの影響を調べる方法です。
何を測定したのか?
主に4種類の能力・状態を評価しています。
| 測定項目 | 測定方法 | 何が分かるのか |
|---|---|---|
| 持続的注意力 | PVT | 注意を維持し、刺激に素早く反応できるか |
| 反応抑制能力 | アンチサッカード課題 | 反射的な反応を抑えられるか |
| 生理的な眠気 | 眼球運動などの生理学的記録 | 微小睡眠や眠気の兆候があるか |
| 主観的な課題負担 | 自己評価 | 集中しやすさ、課題の難しさをどう感じるか |
PVT、生理的な眠気、主観的評価は2時間ごと、反応抑制の検査は4時間ごとに実施しました。
PVTとは?
PVT(Psychomotor Vigilance Test)は、持続的注意力を測定する代表的な検査です。
例えば、画面に刺激が現れたら、できる限り速くボタンを押すという課題です。
睡眠不足になると、単純な反応でも遅れたり、一瞬反応できなくなったりすることがあります。
このような注意の途切れを、PVTでは捉えることができます。
アンチサッカード課題は少し違い、目を向けたくなる刺激が出ても、あえて反対方向を見る課題です。こちらは衝動的・反射的な反応を抑える能力を調べます。
実験結果はどうだったのか?
この研究を理解するうえで大切なのは、どの時間帯とどの時間帯を比べたのかです。
結果①:睡眠不足でも、WMZに入ると注意力が改善した
約37時間起きていた状態で、WMZ直前の3時間とWMZの3時間を比較しました。
その結果、WMZ中には以下の改善が確認されました。
- PVTで測定した持続的注意力
- 本人が評価した集中のしやすさ
- 本人が感じた課題の難しさ
つまり、一晩眠らずに疲労が蓄積していても、体内時計の特定の時間帯に入ると、注意力や集中に関係する一部の指標が良くなったのです。
結果②:しかし、十分に休んだときの能力には戻らなかった
次に研究者たちは、同じWMZでも、睡眠不足の程度が異なる2つの状態を比較しました。
| 比較条件 | 結果 |
|---|---|
| 約13時間覚醒後のWMZ | 相対的に良い状態 |
| 約37時間覚醒後のWMZ | 複数の能力・状態で悪化 |
約37時間覚醒していたときは、約13時間覚醒していたときに比べて、生理的な眠気、持続的注意力、反応抑制能力、主観的な集中・困難さに悪影響が残っていました。
結果③:改善が確認された能力には違いがあった
睡眠不足時のWMZを直前の時間帯と比較した結果を、評価項目ごとに整理すると次のようになります。
| 評価対象 | 主な結果 |
|---|---|
| 持続的注意力 | 改善が確認された |
| 主観的な集中力 | 改善が確認された |
| 主観的な課題の難しさ | 改善が確認された |
| 反応抑制能力 | 同様の改善は要旨からは確認できない |
| 生理的な眠気 | 同様の改善は要旨からは確認できない |
この違いは重要です。
注意力が改善したとしても、測定した認知機能すべてが同じように改善するわけではありません。
また、本人が集中しやすくなったと感じることと、生理的な眠気が減少することも、別の評価対象です。
なぜ、このような現象が起こるのか?
この現象は、睡眠圧と概日リズムの相互作用で説明できます。
通常、起きている時間が延びるにつれて、眠りたいという身体の圧力は蓄積します。
一方で、体内時計は一日の中で一定の覚醒リズムを作っています。
特に、生物学的な夕方から夜の入り口にかけては、覚醒を促す概日リズムの働きが高まります。
その結果、睡眠圧によって眠くなりやすい状態でも、注意力をある程度維持しやすくなると考えられています。
2018年の別の研究でも、40時間の断眠中にWMZで持続的注意力などの改善が観察されており、脳波にも覚醒状態の変化に対応する所見が報告されています。
生物学的には、どのような意味があるのか?
人間は通常、長時間まとまって活動し、夜にはまとまって睡眠をとります。
そのため、日中の後半に睡眠圧が蓄積しても、すぐ眠ってしまわないように、体内時計からの覚醒作用が対抗するという仕組みは理にかなっています。
WMZは、この覚醒作用が特に目立つ時間帯として理解できます。
日常生活に置き換えるとどういうことか?
この研究は、日常的に感じる集中力や眠気の変動を理解する手がかりになります。
例えば、ある人が朝7時に起床し、夜23時ごろに就寝する生活を送っているとします。
その人は、午後のある時間帯に眠気や集中の低下を感じても、夕方になると再び頭が働きやすくなることがあります。
WMZに関連する体内時計の覚醒作用は、こうした変化を説明する要因の一つです。
ただし、今回の研究では「夕方に仕事や勉強をすると成果がどの程度増えるか」を直接調べたわけではありません。測定されたのは、特定の注意課題や主観的評価などです。
この研究から考えられる実用的な意味
仕事のスケジュール設計
同じ睡眠不足でも、体内時計のタイミングによって注意力が変化するため、勤務時間の設計では、単純な連続労働時間だけでなく概日リズムを考慮する価値があります。
集中力の変動の理解
疲労が蓄積していても、特定の時間帯に注意力が一時的に改善することがあります。これは、疲労の蓄積と覚醒状態の変化が、必ずしも同じ方向に進まないことを意味します。
眠気と作業能力の評価
集中しやすいと感じても、反応抑制や生理的な眠気など、別の指標が同じように回復しているとは限りません。そのため、主観的な調子だけでは作業能力全体を判断できません。
この研究の限界
今回確認できた論文要旨と公開情報からは、次の点に注意する必要があります。
① 被験者が23人と比較的少ない
若い健康な成人を対象にした研究であり、高齢者や幅広い健康状態の人々に、そのまま結果を当てはめられるかは別途検討が必要です。
② 極端な睡眠不足を扱っている
約40時間の連続覚醒という特殊な状況です。普段の睡眠が1〜2時間足りない状態で、まったく同じ変化が起こるとまでは判断できません。
③ 測定した認知能力が限定されている
PVTやアンチサッカード課題などを用いていますが、現実の複雑な仕事、創造的な思考、学習成績などを直接測定した研究ではありません。。
この論文の最も重要な発見
人間の認知能力は、「どれだけ長く起きていたか」と「体内時計のどの時点にいるか」という2つの要因によって左右される。
そして、睡眠不足の状態でも、体内時計による覚醒作用が強まる時間帯には、直前より注意力が改善する場合がある。
参考文献:McMahon et al. (2021), Journal of Sleep Research, 30(5), e13312. DOI:10.1111/jsr.13312

