ビジネスの世界では「競合に勝つ」ことが成功の条件とされがちですが、本当にそれだけでいいのでしょうか?
2005年に刊行されたキム・チャンとレネ・モボルニュの著書『ブルーオーシャン戦略』は、この常識に一石を投じました。
本書が提唱するのは、「競争の激しい既存市場(レッドオーシャン)」ではなく、「まだ誰も注目していない新しい市場(ブルーオーシャン)」を創造するという発想です。
この戦略は単なる理論ではなく、任天堂のWiiやシルク・ドゥ・ソレイユなど、数々の実例でその有効性が証明されています。
この記事では、ブルーオーシャン戦略の基本的な考え方から、実践に必要な4ステップ、さらには企業を成功へ導く3つの提案までを体系的に解説します。
競争の枠を超え、新しい市場をつくりたいと願うすべてのビジネスパーソンに、ぜひ読んでいただきたい内容です。
ブルーオーシャンとレッドオーシャンの違い
観点 | レッドオーシャン(Red Ocean) | ブルーオーシャン(Blue Ocean) |
---|---|---|
市場の種類 | 既存市場(すでにプレイヤーが多い) | 新市場(まだ誰も手をつけていない、または注目されていない) |
競争状況 | 競争が激しい | 競争がほとんどない |
利益率 | 低い(価格競争が激しい) | 高い利益率が期待できる |
成長性 | 市場が飽和していて成長が限られる | 成長の余地が大きく拡大可能 |
戦略の選択 | 差別化か低コストか、どちらかを選ぶ必要がある | 差別化と低コストの両立が可能 |
任天堂「Wii」
- 背景:ゲーム市場は高度なグラフィックと複雑な操作で競争していた(レッドオーシャン)。
- 戦略:「家族全員が楽しめる」「簡単な操作」「体感型ゲーム」を打ち出し、新しいユーザー層を獲得。
- 結果:従来のゲームファンだけでなく、主婦や高齢者まで取り込み、ブルーオーシャンを創出。
シルク・ドゥ・ソレイユ
- 背景:伝統的なサーカス業界では、動物の使用や子供向け演出が中心(レッドオーシャン)。
- 戦略:動物を使わず、アクロバットと音楽・演出に重点を置いた大人向けエンターテインメントへ転換。
- 結果:サーカスという枠組みを超えた新しいジャンルを創り出し、ブルーオーシャンを開拓。
ブルーオーシャン戦略は、競争を避けてまったく新しい価値を生み出すというアプローチであり、持続的な成長と高収益を目指す企業にとって魅力的な選択肢です。
レッドオーシャンVSブルーオーシャン:既存市場 vs. 革新市場の視点
既存市場(レッドオーシャン戦略) | 革新市場(ブルーオーシャン戦略) |
---|---|
業界情勢は前提条件 | 業界情勢は形成可能 |
戦略の焦点は競争優位性 | 戦略の焦点は顧客価値 |
顧客セグメントを重視 | 顧客の普遍的な価値に焦点を当てる |
既存の資産と能力を活用 | 何をすべきかをゼロベースで問う |
顧客セグメンテーションの主な基準
- 地理的セグメンテーション:地域・国単位で分ける
- 例:日本市場 vs 海外市場
- 人口統計的セグメンテーション:年齢・性別・収入など
- 例:20代女性向け vs 50代男性向け
- 心理的セグメンテーション:ライフスタイルや価値観
- 例:環境意識の高い層向けエコ商品
- 行動的セグメンテーション:購買頻度やブランド忠誠度
- 例:定期購入者向け割引
ブルーオーシャン戦略の基本:バリューイノベーション
ブルーオーシャン戦略では、ただの「差別化」や「コストリーダーシップ」では不十分です。その中核を成すのが 「バリューイノベーション」 です。
バリューイノベーションとは、「バリュー(価値)」と「イノベーション(革新)」を同時に追求する戦略のことです。
顧客にとっての価値を飛躍的に高めながら、企業側のコストを同時に削減することで、競争のない新たな市場(ブルーオーシャン)を創出します。
価値イノベーションを実現する4つの行動フレームワーク(ERRC)
フレーム | 内容 | 目的 |
---|---|---|
Eliminate(排除) | 業界で「当たり前」とされているが、実は不要な要素を取り除く | コスト削減と再定義 |
Reduce(削減) | 顧客があまり重視していない部分を抑える | 無駄な競争要素をカット |
Raise(増加) | 顧客が強く望んでいるが、業界では提供が弱い要素を強化する | 価値の向上 |
Create(創造) | これまでになかった新たな価値や体験を生み出す | 新市場の創出 |
例:シルク・ドゥ・ソレイユのERRCフレームワーク
このフレームワークを効果的に活用した代表例が、シルク・ドゥ・ソレイユです。
フレーム | 実施内容 | 解説 |
---|---|---|
排除 | 動物のパフォーマンス | 動物を使うというサーカスの常識を打破。倫理的課題も回避。 |
削減 | サーカスの規模や複雑な設備 | コスト削減と効率化。 |
増加 | アート性・ストーリー性 | 芸術性と物語性で大人を惹きつける魅力を強化。 |
創造 | 大人向けの高級エンターテインメント体験 | 新しい顧客層(文化を重視する大人)を開拓。 |
ブルーオーシャン戦略の実践方法【4ステップ】
ステップ1:市場の現状を分析する
まずは、既存市場の構造や課題を深く理解することが重要です。
主な問いかけ:
- 現在の顧客が「不満に感じている点」「もっと欲しいと感じているもの」は何か?
- 業界内で当たり前とされているが、実際には不要な要素はないか?
- 「価格帯」「提供方法」「サービスの質」などにギャップや矛盾はないか?
目的:
競争が集中している部分と、見落とされているニーズをあぶり出し、ブルーオーシャンの入り口となるヒントを得る。
ステップ2:価値イノベーションを追求する
市場分析から得たインサイトを基に、新しい価値を設計します。
実施内容:
- 他社と同じ土俵で競争しないためのユニークな提案を考案する。
- 顧客が最も重視している要素(例:使いやすさ、スピード、価格、体験)を徹底的に強化する。
- 先述の ERRCフレームワーク(排除・削減・増加・創造) を活用し、コストと価値の両面を最適化する。
ステップ3:戦略キャンバスを作る
戦略キャンバスは、競合他社との違いを視覚的に表すツールです。
戦略キャンバスとは?
横軸に「業界が競争している要素(価格、品揃え、サービスなど)」、縦軸に「それらの要素に対する自社と競合の提供レベル」を示します。
活用方法:
- 自社のポジションが競合と似通っていないかを確認。
- 顧客に提供する価値の「波形」が明確に差別化されているかを確認。
- 差別化が不十分な場合は、再度ERRCで見直す。
ステップ4:新しいターゲット層を見つける
ブルーオーシャンを成功させるためには、既存の顧客だけに頼らない視点が重要です。
視点の転換:
- 「非顧客(まだ顧客になっていない人たち)」に注目する。
- 「なぜその人たちはこれまで市場に参加してこなかったのか?」を考察。
- 年齢層・使用目的・使用状況を広げることで新しい市場ニーズを創出。
事例:任天堂Wii
- ゲーム市場では若者やマニア層が中心だったが、Wiiは高齢者やファミリー層に焦点を当てた。
- 「簡単な操作」「体を使う」「家族で楽しむ」という新しい価値を提供し、ブルーオーシャンを開拓。
3つのプラットフォームで価値を提供する
企業が持続的な競争優位を確保するためには、単なる製品提供だけでなく、「サービス」や「物流」の領域まで含めて総合的に価値を設計する必要があります。これが「3つのプラットフォーム」という考え方です。
① 製品プラットフォーム(Product Platform)
顧客に直接提供される物理的な製品やソフトウェアなどの「核となる製品」を意味します。
例:
- スマートフォン(Apple iPhone、Google Pixel)
- 家電(Panasonicの冷蔵庫、Dysonの掃除機)
- 自動車(トヨタ プリウス、ホンダ N-BOX)
価値提供のポイント:
- 品質の高さや革新性
- ブランド力や使いやすさ
- デザイン性や多機能性
製品自体が魅力的であることは当然ながら、それだけでは競争優位は持続しにくいことが多く、次の2つのプラットフォームと連携することで真価を発揮します。
② サービスプラットフォーム(Service Platform)
製品を購入した後の体験や、製品利用に伴うサポート・メンテナンス・保証などのサービスを含みます。
例:
- カスタマーサポート(コールセンター、チャットサポート)
- 保証延長サービス(AppleCare、ヨドバシの延長保証)
- メンテナンス(自動車の定期点検、エアコンの掃除サービス)
- 技術サポート(IT製品の設定支援)
価値提供のポイント:
- 安心感(困った時にすぐ相談できる)
- 継続的な信頼性(使い続けても問題が起こらない)
- ブランドロイヤルティの向上
製品を「単なる物」ではなく「体験」として提供するための基盤です。
③ 物流プラットフォーム(Logistics Platform)
製品が製造されてから顧客の手元に届くまでの流れ全体を効率化し、適切な在庫・納期・品質を管理する仕組みです。
例:
- アマゾンの「当日配送」「プライム配送」システム
- コンビニ受け取り、宅配ロッカー(ヤマト運輸、佐川急便など)
- Just-In-Time(JIT)物流管理(トヨタ生産方式)
価値提供のポイント:
- スピード(早く届く)
- 柔軟性(希望の時間・場所で受け取れる)
- 効率性(在庫過多や配送ミスを減らす)
特にEコマースの時代では、物流の品質=顧客満足度と言っても過言ではありません。
ブルーオーシャン戦略を成功させる3つの提案
ブルーオーシャン戦略は、単に競争を避けることではありません。顧客に選ばれ、企業が持続的に収益を上げ、組織全体が戦略に沿って動く体制をつくる必要があります。
そのためには、次の「3つの提案」が柱となります。
① 価値提案(Value Proposition)
顧客にとって「この製品・サービスを選ぶ理由」となる魅力的な価値を提供すること。
主な取り組み:
- 製品・サービスの品質向上(高耐久・高性能など)
- 利便性の向上(シンプルな操作、手間の削減)
- デザインや体験の革新(視覚的魅力、感動体験)
- 独自性のある価値提供(他社にない視点やサービス)
事例:
- 無印良品:シンプルで使いやすいデザイン性と機能性で、日用品に価値を加える。
- スターバックス:コーヒーを超えた「空間体験」を提供し、プレミアム価格でも顧客を惹きつける。
② 利益提案(Profit Proposition)
革新的な価値を提供しても、それが収益に結びつかないとビジネスとして成立しません。
収益性を確保する仕組み=利益提案が不可欠です。
主な施策:
- サブスクリプションモデルの導入(継続的な売上確保)
- コスト構造の見直し(原材料の見直し、デジタル化による省力化)
- 価格戦略の工夫(フリーミアム、バンドル販売)
- 付加価値でプレミアム価格を実現
事例:
- Netflix:定額制で映像コンテンツを提供し、規模の経済を実現。
- IKEA:セルフサービス式販売でコストを抑えながら、高品質なデザイン家具を提供。
③ 組織の動機付け(People Proposition)
いかに優れた戦略を立てても、それを実行するのは「人」=従業員やチームです。
彼らのやる気・行動力・一体感を引き出す仕組みが必要です。
主な取り組み:
- 明確な目標の提示(企業のビジョンや戦略を明文化)
- 報酬制度の工夫(成果に応じたインセンティブや評価)
- 成長支援(研修、キャリア支援、スキルアップ制度)
- 働きがいのある環境づくり(心理的安全性・柔軟な働き方)
事例:
- ユニクロ:現場の社員にも戦略や目標を共有し、「自分事化」する企業文化を育成。
個人レベルにおける「ブルーオーシャン戦略」=レアな実績やスキルの組み合わせ
ビジネスパーソンとして競争の激しい職場や業界で頭一つ抜けるためには、以下のような「希少性の掛け算」が非常に有効です:
- ✅ 専門性 × 異分野スキル
例:営業力 × データ分析力 → 定量的に成果を出せる営業 - ✅ 資格 × 実務経験
例:中小企業診断士 × ベンチャー企業の経営経験 → 支援業務で独自ポジションを確立 - ✅ 業界知識 × 言語力 × 発信力
例:製造業の知見 × 英語力 × noteやYouTubeで情報発信 → 海外志向の製造業界人として希少な存在に
ポイントは「組み合わせ」と「実績の可視化」
単一のスキルや資格では、すぐに競争(レッドオーシャン)に巻き込まれます。
ですが、分野の異なるスキルや経験を組み合わせることで「誰とも競争しない、自分だけの土俵」が生まれる=ブルーオーシャンです。
加えて、
- ポートフォリオの公開
- SNSやブログでの情報発信
- 社外登壇・寄稿
などで「レアな実績」を見える化することが、さらに差別化を強化します。
ブルーオーシャン戦略の「理想」と「現実」のバランス
理想:競争のない市場で独自価値を提供
ブルーオーシャン戦略の核心は、「他者と同じ土俵で戦わないこと」。つまり、市場そのものを創り出すことによって、競争を回避しようとします。
現実:市場には限りある需要と予算がある
- 消費者の時間・お金・注意力は有限です。
- どんなに革新的なサービスも、似た価値を提供するプレイヤーが現れればレッドオーシャン化していきます。
- ブルーオーシャンは「一時的な優位」に過ぎず、持続するには次の革新が必要です。
では、ブルーオーシャン戦略は幻想なのか?
そうではありません。むしろ重要なのは次のような視点です:
「動的ブルーオーシャン」
- 一度創ったブルーオーシャンも、やがて競合が流れ込む。
- だからこそ、常に「顧客価値」「課題」「トレンド」に対して再定義し続けることが必要です。
- いわば「流動的な競争優位の確保」が、現代的なブルーオーシャン戦略の実践形です。
差別化の持続要因を仕組みで設計
- ブランドロイヤルティ(例:Apple)
- コミュニティ形成(例:スターバックス)
- 知識・体験の積み上げ(例:個人のレア実績)
これらによって「同じように見えても中身が違う」状態を保つことで、再競争をある程度避けられます。
競争は避けられないが、「競争の質」は変えられる
おっしゃる通り、資源に限りがある限り競争そのものは不可避です。
ですが、どこで・どう競争するかを選べる自由がブルーオーシャン戦略の本質です。
- 競合が殺到するレッドオーシャンで血を流すか
- まだ顧客が気づいていない課題を掘り当てて、先にポジションを取るか
この戦略的選択によって、競争のストレスや無駄な消耗を最小化できるというわけです。
まとめ:競争を避け、新しい価値で市場を切り拓く
ブルーオーシャン戦略は、「競争に勝つ」のではなく、「競争を無意味にする」ための思考法です。
製品・サービスの価値を革新し、競合他社のいない未開拓市場を創出することで、企業は持続的な成長と高収益を実現できます。
本記事では、レッドオーシャンとの違いから始まり、バリューイノベーション、4つのERRC行動フレームワーク、戦略の実践ステップ、さらには価値・利益・組織における3つの成功提案までをご紹介しました。
また、製品・サービス・物流の3つのプラットフォームに着目することで、顧客にとって本質的な価値を提供できることも見えてきました。
競争が激しい時代だからこそ、「誰も気づいていない市場を見つけ、価値を再定義する」この戦略の重要性はますます高まっています。
ぜひ、ブルーオーシャン戦略の視点をビジネスに取り入れ、自社の強みと独自の価値で未来の市場を創り出す第一歩を踏み出してみてください。