「経験する自己」と「記憶する自己」 は、心理学者ダニエル・カーネマンが提唱した概念で、人間の体験とその記憶についての違いを説明しています。カーネマンの研究によると、私たちは「今この瞬間」を体験している自分(経験する自己)と、それを後から振り返り記憶する自分(記憶する自己)の2つの異なる「自己」を持っていると言われています。この二重構造は、特に幸福や満足度の評価に大きく影響を与え、同じ体験でもそれをどう記憶するかによって感じ方が大きく変わることが示されています。
この記事では、「経験する自己」と「記憶する自己」の違い、それが私たちの幸福感に与える影響、そしてこれらの理解を通じてどのように充実した人生を送れるかについて考察します。
野上しもん
・29年間の睡眠障害を克服
・5年以上の双極性障害とうつを克服
・上級睡眠健康指導士
・メンタル心理カウンセラー
・食生活アドバイザー
・YouTube「メンタルコーチしもん」登録数1.3万
著書
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「経験する自己」とは?
「経験する自己」 は、まさに今この瞬間を生き、五感を通じて感じる自分のことを指します。目の前の状況や自分の感情、感覚が「経験する自己」によってリアルタイムに体験され、意識の中に流れていきます。これは、現在の感覚や思考に焦点を合わせ、瞬間瞬間の幸せや快適さを追求する側面です。
例えば、家族と食卓を囲んでいるときの幸福感や、旅行中に眺めた美しい景色に感動する瞬間などが「経験する自己」の体験です。この自己は、長い期間にわたって幸福を測るよりも、その瞬間の快適さや楽しさを大切にします。
経験する自己の特徴
- リアルタイムの感情や感覚に基づく:その瞬間に感じる満足感や幸福感を体験。
- 短期的な満足を重視:瞬間的な喜びや苦しみに大きな影響を受けやすい。
- 継続的な意識の流れ:経験する自己の意識は、途切れることなく流れていきます。
「記憶する自己」とは?
「記憶する自己」 は、体験が終わった後にその経験を振り返り、どのような出来事だったかを記憶に残す自分です。カーネマンによると、私たちの記憶はすべての瞬間を詳細に記録するのではなく、「最も強烈な瞬間」と「最後の瞬間」に特に重きを置いて記録される傾向があります。これを「ピーク・エンドの法則」と呼び、これが記憶する自己の満足度に大きく影響を与えます。
たとえば、長い旅行で疲れたものの、最後に美しい夕日を見て感動した場合、その旅行全体が「素晴らしかった」と記憶されやすくなります。逆に、旅行の終わりにトラブルがあった場合、全体の印象が悪くなることもあります。
記憶する自己の特徴
- ピーク・エンドの法則:特に強烈だった瞬間と最後の瞬間が、経験全体の評価に強く影響。
- エピソードとしての記憶:日常の中から印象的な出来事をピックアップし、記憶として保存。
- 長期的な満足を重視:過去の経験を基に幸福を評価しやすく、その記憶が未来の行動選択に影響を与える。
経験する自己と記憶する自己の違いが幸福に与える影響
カーネマンの研究は、「経験する自己」と「記憶する自己」が同じ出来事に対して異なる評価を下すことがあると示しています。この違いが、私たちの幸福感や満足度に大きく影響を与えます。
1. 経験する幸福と記憶する幸福
「経験する幸福」は、その瞬間の満足感に基づいており、瞬間的な幸福感が積み重なることで「充実した生活」が実現します。一方、「記憶する幸福」は、体験を振り返ったときの満足度に基づいており、「良い人生だった」と感じるための土台になります。
たとえば、仕事中は忙しく疲れていても、最終的な成果や達成感が「記憶する幸福」に影響を与え、仕事全体をポジティブに捉えることができる場合があります。このように、現在の体験(経験する幸福)と、その体験の記憶(記憶する幸福)にはズレが生じやすいのです。
2. 幸福感を評価する際のズレ
カーネマンの研究によると、私たちは一般的に「記憶する幸福」に基づいて人生を評価する傾向が強いです。旅行やイベントも、当時の楽しさだけでなく、後から「どれほど満足したか」を重要視し、その記憶が幸福度を左右します。このため、「記憶する幸福」がネガティブなものであると、実際の体験が充実していても、満足感が低くなる可能性があります。
「経験する自己」と「記憶する自己」のズレを調整する方法
1. マインドフルネスを実践する
「経験する自己」を重視し、その瞬間を最大限に味わうために、マインドフルネスの実践が有効です。マインドフルネスを通して、目の前の出来事に集中することで、瞬間の幸福感を高めることができ、リアルタイムでの満足度を高められます。
2. 日記をつける
「記憶する自己」が時間の経過とともに事実を歪めるのを防ぐために、日記やメモをつけることも効果的です。日々の体験を振り返ることができるため、幸福の質を保ち、自己評価のズレを最小限に抑えることができます。
3. ピークとエンドを意識する
「記憶する自己」が特に「ピーク・エンドの法則」によって影響されるため、計画を立てる際には「最後に良い思い出で締めくくる」ことを意識するのも良いでしょう。イベントや旅行などの終わりをポジティブなものにすることで、全体の記憶が良好なものになりやすくなります。
4. 意識的に反省する
記憶する幸福は過去の体験に依存しますが、過去の体験に対する見方や解釈をポジティブに持つことも重要です。例えば、辛い経験を「自分を成長させる機会だった」と前向きに捉えることで、記憶の中の幸福度を向上させられる場合もあります。
経験する自己と記憶する自己の研究が与える影響
1. 経済やマーケティング
企業は「記憶する自己」に働きかけることで、顧客の体験をポジティブに記憶させ、リピート利用を促進させることが可能です。特に、サービスや製品の「ピーク・エンド」を重視し、顧客がその体験をポジティブに振り返るように工夫しています。
2. 健康や幸福に関する政策
政府や医療機関では、人々の「経験する幸福」と「記憶する幸福」を考慮し、長期的な満足度を高めるための政策を設計しています。例えば、定期的な健康診断やサポート制度など、瞬間の体験と長期的な評価の両面からのアプローチを行っています。
3. 個人の生活と幸福の向上
日々の生活においても、二つの自己を意識することで、自己理解や自己成長に役立てることができます。目の前の体験にもっと集中すること、そして過去をよりポジティブに振り返ることで、総合的な幸福度が高まります。
まとめ:二つの自己を理解して幸福度を高める
ダニエル・カーネマンの「経験する自己」と「記憶する自己」という理論は、私たちの幸福を理解するための強力なフレームワークを提供しています。私たちがその瞬間に感じる「経験する幸福」と、体験後に振り返る「記憶する幸福」の両方に気を配ることで、日常生活の充実度や満足感をより高めることが可能です。
経験を最大限に楽しみ、記憶に残す価値のある瞬間を意識的に創り出すことで、より豊かで幸福な人生を築くことができるでしょう。