「眠らなければならない」
と強く意識すればするほど、かえって眠れなくなる不眠症状があるのをご存じですか?
それが「精神生理性不眠症(Psychophysiological Insomnia)」です。過去の不眠経験がきっかけで、眠ろうとすると心身が緊張し、眠気があっても眠れない状態が続くのが特徴です。
本記事では、精神生理性不眠症の原因や症状、改善策を分かりやすく解説します。
「眠れない自分を責めず、リラックスを習慣化する」ことで、少しずつ自然な睡眠を取り戻す方法を一緒に学んでいきましょう。
精神生理性不眠症とは?
精神生理性不眠症とは、不眠を経験したことで「また眠れないかもしれない」という不安や緊張が強まり、結果的に「眠らなければ」と思うほど逆に眠れなくなる状態を指します。
特徴
- 過去の不眠経験がきっかけで発症することが多いです。
- 眠ろうとする努力が過剰になり、かえって睡眠を妨げます。
- 「眠らなきゃ」と考えていないとき(リラックスしているときや、眠ろうと意識していないとき)は眠れるが、「寝なきゃ」と意識すると眠れない。
特徴的な行動や心理
- ベッド以外では眠れる(ソファや床でのうたた寝)。
- スマホやテレビを見ながら寝落ちすることがある。
- 朝になり、「徹夜でいいや」と開き直ると眠れる。
- 楽しい妄想をしていると眠れる。
精神生理性不眠症の特徴とは?
・ベッド以外だとうたた寝する
・スマホやテレビを見ながらだと、眠れることがある
・楽しい妄想をしていると、眠れることがある
・朝が来て「もう徹夜しよう」と思うと眠ってしまう など
つまり、眠ろうと考えていないときは眠れる。
眠ろうと思うと眠れない。
精神生理性不眠症になってしまうプロセス
- 一時的な不眠症
ストレスや生活の変化で一時的に眠れない経験をする。 - 睡眠認知のゆがみが強化される
「眠れないとダメだ」「○時間寝ないと体が持たない」といったプレッシャーが高まる。 - 眠るための過剰な努力
極端な睡眠テクニック、リラックス音楽、運動などを行いすぎる。 - 眠りにくくなる
眠ろうとするプレッシャーで心身が緊張し、眠れない状態が固定化。 - ベッドで起きている時間が増える
ベッドが「覚醒の場」となり、逆に「眠れない場所」として条件付けされる。 - 不適切な睡眠衛生が定着
夜中にスマホを見たり、夜食を摂るなどの悪習慣が増える。 - 慢性的な不眠症に進行
睡眠のための過剰努力やプレッシャーが常態化し、悪循環が続く。
①一時的な不眠症
人は誰しもが一時的には不眠症になることがあります。
このときに「眠れないストレス」「眠れないことによる仕事や人間関係の失敗」「眠れない恐怖」などを体験して、不眠症に過剰な意識が向いてしまいます。
結果「8時間は眠らないといけない」「眠らないと、仕事がうまくいかない」などの考え方が生まれ、睡眠にプレッシャーが生まれます。
②睡眠認知のゆがみ(不眠認知)
睡眠に対して強い意識が向かうことで、睡眠にプレッシャーが生まれやすい思考が生まれてきます。
不眠症につながりやすい思考は「きちんと睡眠をとらないと仕事ができない」「睡眠不足の状態だと、日中にまともに活動ができない」「不眠症になると人生がうまくいかない」など。
より強い睡眠プレッシャーが生まれ、眠るときに思考が緊張し、眠りにくくなります。
不眠認知はどんなものがあるか?はこちらをご覧ください
>不眠症につながる不眠認知16パターンとは?
③眠るための過剰な努力をする
睡眠をしないといけないプレッシャーから、眠るための過剰な努力を始めます。
極端な運動。
極端なダイエット。
極端な睡眠テクニックの使用。
暗示やリラックス音楽の極度な使用 など。
不眠認知も強化されて、心身ともにより緊張状態になってきます。
そもそも不眠認知の原因は「睡眠リズム(体内時計)」「眠気(睡眠圧)」などの睡眠の仕組み(ツープロセスモデル)ではなく、認知などの思考や心理面なので一般的な睡眠テクニックは効果があっても本質的な解決になりにくいです。
※睡眠テクニックで眠れることで「自分は眠れる」という経験から安心感が生まれ改善することもある
④眠りにくくなる
心身共に緊張状態になるので眠りにくくなります。
⑤ベッドで起きている時間が増える
眠れないのに、がんばってベッドの中に入ることで、ベッドで起きている時間が増えます。
ベッドで起きている時間が増えると、結果的に「ベッドは起きるところ」と、ベッドが睡眠ではなく覚醒の条件になってしまいます。
そうなると、ベッドで眠れなくなってきます。
もっと強めになってくると、夜になると睡眠プレッシャーが生まれるので夜に眠れなくなります。
※日中の明るい時には、うたた寝することが増える
⑥不適切な睡眠衛生
睡眠衛生とは、寝室などの睡眠環境ではなく、行動なども含まれます。
つまり、睡眠を悪化させる行動を増えます。
・どうせ眠れないから、布団でYouTube見よう。
・夜食をたくさん食べてしまおう。
・夜中にゲームしよう。など
あとは、睡眠のための過剰な努力もあてはまります。
⑦慢性的な不眠症
・睡眠認知がゆがみ、睡眠にプレッシャーが生まれる。
・睡眠にプレッシャーが生まれるので、眠るための過剰な努力をして、より睡眠にプレッシャーが生まれる。
・ベッドで起きている時間が増えるので、ベッドは眠れない場所になってくる。
・睡眠のための過剰な努力や、逆に睡眠に悪いことをし始めて、悪循環になる。
結果、慢性的な不眠症になります。
精神生理性不眠症を解決法とは?
1. 睡眠へのこだわりを減らす
- 「眠らなければならない」という考えを手放す
完璧な睡眠を求めない:「8時間寝ないとダメ」といった固定観念を手放しましょう。
「眠れたらラッキー」くらいの気持ちでベッドに入る。 - 「睡眠データ」から距離を置く
睡眠トラッカーやスマホアプリで毎日チェックすることがかえってプレッシャーになります。
週1回程度の確認や、「データはあくまで参考」と割り切ることが大切です。
※精神生理性不眠症に似た仕組みに「睡眠データを意識して完璧な睡眠を求めて眠れなくなる」というオルソムニアがあります。
2. ベッドでの行動を見直す
- 「ベッド=眠る場所」と再条件付けする
眠くないときはベッドに入らない:リビングで過ごし、眠気が来てからベッドへ。
ベッドの中でスマホや読書をしない:眠れない時は一旦起きて別の部屋へ移動。
※これは「ベッド=起きていい場所」という条件付けから「ベッド=眠る場所」と再条件付けする考えです。詳細は条件付け不眠症と刺激制御療法の記事をご覧ください。
3. 睡眠の認知を修正する
- 「眠れない自分を責めない」
「眠れないのは仕方ない」と自己受容することが第一歩。不安を増幅させないためにも、「眠れなくても大丈夫」と繰り返し自分に言い聞かせましょう。 - 「眠れない=悪い」思考を変える
夜中に目が覚めても、「少し体を休められている」と前向きに捉えましょう。
4. 睡眠衛生を整える
- 適度な運動を取り入れる
寝3時間前くらいに軽い運動(散歩やストレッチ)を行うと、体温が下がりやすくなり、眠りやすくなります。 - 寝る前のリラックス習慣を持つ
読書、ぬるめのお風呂、呼吸法など、リラックスできるルーティンを作りましょう。特に、4-7-8呼吸法(4秒吸って、7秒止めて、8秒で吐く)はリラックス効果が高いです。
5. 思考法を見直す(認知行動療法)
- 「白黒思考」をやめる
「眠れない=ダメ」と考えないように、ポジティブな言葉に言い換える練習をしましょう。
例:「少し寝られたならOK」、「今日は調子が悪くても大丈夫」
睡眠は完璧主義と相性が非常に悪いです。 - 書き出し法
「不安や心配事」を紙に書き出し、頭から追い出すことで脳がリラックスしやすくなります。
エクスプレッシブライティングと呼ばれる技法です。またリラックスする意味では感謝日記もおすすめです。入眠とリラックスに効果があるからです。
6. リラックスを習慣化する
- マインドフルネスや瞑想を取り入れる
- 自分の呼吸に意識を向けて、「今、ここ」に集中することで、頭の中の雑念を減らします。
- 睡眠前ルーチンを一定にする
毎晩、同じ時間に入浴し、同じ音楽をかけるなど、体が「眠るモード」に入りやすいルーチンを作りましょう。
以上の方法を「完璧にしよう」「全部行おう」と思わないことが大切です。
【注意】避けるべき行動
- 過度な睡眠テクニックの試行
色々な方法を試しすぎると、かえって「この方法でもダメだった」と焦りが強まります。 - 睡眠薬の乱用
睡眠薬の長期使用は依存のリスクがあり、精神生理性不眠症の本質的解決にはなりません。
睡眠薬はお医者さんと、ご相談してくださいね。 - SNSやインターネットでの情報収集
「もっと良い睡眠法があるのでは?」と情報を漁ることが、さらに不安を増幅させます。
特に「断定型」「正解型「白黒型」の情報は、睡眠と相性が悪いです。特に精神生理性不眠症の方は要注意。睡眠への執着が強くなるかどうかで判断しましょう。
精神生理性不眠症の名前が使われなくなった理由
1. 別名や新しい分類
かつて「精神生理性不眠症(psychophysiological insomnia)」と呼ばれていたこの症状は、最新の診断基準(ICSD-3, 2014)では「慢性不眠症(Chronic Insomnia)」の一部として統合されました。
そのため、「精神生理性不眠症」という呼び名は、正式な医学用語としては廃止されています。
2. 使われなくなった理由
- 重複する症状
精神生理性不眠症は、不眠症全般に見られる症状を特徴とするため、他の不眠症タイプと重複する要素が多かったのです。 - 診断基準の変更
以前は「原発性不眠症」のサブタイプとして位置づけられていましたが、最新基準(ICSD-3)では「慢性不眠症」という包括的なカテゴリに含まれるようになりました。 - 診断のシンプル化
不眠症の原因や発症メカニズムが多様であるため、一つのサブタイプに限定しにくいという背景があります。
3. 現在の診断基準
ICSD-3(国際睡眠障害分類 第3版)では、不眠症を次の2つに大別しています。
- 短期不眠症(Short-term Insomnia):3か月未満の持続
- 慢性不眠症(Chronic Insomnia):3か月以上、週3回以上持続
これらの中で、心理的要因が主因である場合は、あくまで「慢性不眠症」として扱われ、その中で心理的影響を考慮します。
なぜ慢性不眠症に統合されたかはスピルマンの3Pモデルを見ると理解しやすいです。精神生理性不眠症が慢性不眠症に大きな影響を与えているからです。
精神生理性不眠症の克服には「完璧を求めないこと」が大切
精神生理性不眠症は、過去の不眠経験がトラウマとなり、眠ろうと意識すればするほど眠れなくなる状態です。
「眠らなければならない」というプレッシャーや、睡眠を完璧に管理しようとする意識が、不眠をより深刻化させます。
改善のポイントは、睡眠に対するこだわりを減らし、リラックスを習慣化すること。
「眠れない自分を責めない」「完璧な睡眠を求めない」姿勢が、自然な睡眠を取り戻す第一歩です。
焦らず、少しずつできることから始めていきましょう。
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